板碑 いたび

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考古資料 / 鎌倉 

鎌倉時代・永仁3年(1295)
緑泥片岩
126*31.7*2.5
1枚

板碑(いたび)は、板状に加工した石でつくられた供養塔の一種です。数十センチのものから、3メートルを超えるものまで、大きさはさまざまです。
板碑には、仏を表わす梵字(ぼんじ)と死者の名前、死亡年月日、年令、または供養者の名前、供養した年月日、供養の内容などが刻まれることが一般的です。
板碑は13世紀前半、鎌倉時代から室町時代まで、関東地方を中心に盛んに作られました。現在全国に数万基が確認されています。最初に板碑が立てられた頃は鎌倉幕府の御家人に関わる地域に多く分布すること、戦国時代以降は急にすたれ、江戸時代にはほとんど造られなくなることから、鎌倉時代から室町時代の武士の信仰に深く関わって作られたと考えられています。
当初、板碑は、死者の往生を願う追善供養のため、あるいは建立者が生きている間に善い行ないをつみ、自分やその家族の死後の安楽を願う逆修供養のために造られたようです。寺院の境内や墓地、あるいは道路の辻などにたてられました。
この板碑は、横浜市保土ヶ谷区で出土したもので、埼玉県秩父産の緑泥片岩(りょくでいへんがん)を加工して作られた武蔵型板碑と呼ばれるものです。阿弥陀仏(あみだぶつ)を表わす梵字とそれを載せた蓮の花の形の台、そして永仁3年(1295)という年号が刻まれているほか、よく見ると製作時に付けられた枠取りや割付線を見ることができます。

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