赤陽
概要
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赤陽
Red Sun
1934(昭和9)年
木版、紙 41.5×28㎝
woodcut
第4回新版画集団展
藤牧義夫の版画制作は数年にすぎず、作品の数も少ない。しかし、その直情的表現と質において、昭和戦前期の趣味的版画が多い中で、谷中安規、棟方志功と並ぶ異色の木版画家であった。作品の多くは、藤牧が住んでいた東京の下町に題材を得た都会風景で、写生によりながら、細部を簡略した画面には、見る者の視線が画面上部の空のかなたへ導かれるような、望郷の念がこめられている。1934年になると、これに不安といらだちが加わるかのように、それまでの安定した、骨太の線と面で構成された画面にかわって、とげとげした線で切り刻まれた画面がめだってくる。〈赤陽〉はこの時期の藤牧の代表作で、黒い家並を切る鋭い線は、当時の藤牧の生活の困窮と不安に加えて、父や兄亡きあとの「家」ヘの責任感の重圧に、やりばのないいらだちをそのまま彫刀にのせて版画に彫り刻んだかに見える。黒々とした家並のかなたの、いましも沈もうとする太陽の赤は不吉な、死の予兆ともとれる血の赤に見える。表現主義にひかれるといった藤牧が、それにならって心情を率直に表現した、彼の心象風景ともいうべき作品である。