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絹本著色唐太宗花鳥図〈小田野直武筆/〉

けんぽんちゃくしょくとうたいそうかちょうず

概要

絹本著色唐太宗花鳥図〈小田野直武筆/〉

けんぽんちゃくしょくとうたいそうかちょうず

絵画 / 江戸 / 東北 / 秋田県

小田野直武

秋田県

江戸

3幅

秋田県立近代美術館 秋田県横手市赤坂字富ヶ沢62-46

重文指定年月日:19990607
国宝指定年月日:
登録年月日:

秋田県

国宝・重要文化財(美術品)

 小田野直武(一七四九-八〇年)は、その代表作「絹本著色不忍池図」(昭和四十三年四月二十五日指定・重文)にみるように、江戸時代後期洋風画の最初期に清新な印象の洋風画を生み出した、秋田蘭画と称される画派を代表する画家である。
 三幅のうち中幅には蝗を手にした唐朝の第二代皇帝太宗を描く。太宗は、山水図衝立を背障として濃い青色の雲文金襴をかけた椅子に坐した姿で表されている。衝立の傍らには文房具を置いた卓が配される。太宗は左手の掌に蝗をのせ、正面よりやや左を向いて前方を見据えている。本図は飢饉をもたらした蝗の害を民に代わって自らが負うため、臣下の制止にもかかわらず蝗を飲み込んだという『貞観政要』の故事に基づく鑑戒的主題の作品であり、秋田藩士である直武が漢画の伝統的ジャンルを西洋画法で表現しようとしたものである。
 細部の描法は精細で、隈を用いた指の立体的な把握、顔貌の細部描写、『解体新書』の耳によく似た耳の表現等は、それまでの伝統的画法とは明確に異なる表現を示す。ことに注目されるのは、それまでの日本絵画にも中国絵画にも主要な要素であった輪郭線が「唐太宗図」にはほとんどみられず、代わりに墨の隈、彩色の濃淡を隣り合わせた境界で輪郭を表現している点、また、一方向からの光を表現しようとしている点である。
 例えば、雲龍文のある黄色の袍は両脇・袖口・膝で幾重にも襞をなすが、通常太い墨線によって表される衣文線はまったくなく、墨隈を用いて襞を表現している。また、他にも何らかの塗料を重ねて塗ったらしく、襞の周辺部分の黄色が暗く発色している。一方、太宗の頭部の右側面、右肩、垂下する長い右袖には陰影を表す墨隈が施されている。さらに床におちる椅子と沓台の影、卓の上の文房具の影も比較的濃い墨隈を用いて、画面向かって右から左方向へと描かれており、光が画面右の方向から射していることを表している。
 さらに沓台の螺鈿細工、卓の朱漆、青花の壺等には、各々質感の表現が追求されている。
 直武の主君であり、直武と並ぶ秋田蘭画の代表的作家である第八代秋田藩主佐竹曙山(一七四八-八五年)は、『画法綱領』(安永七年奥書)において、「画ノ用タルヤ似タルヲ貴ブ」と述べ、より実物に似る絵画が優位であると主張し、「書家ニ倣イテ筆法ヲ主トスルトキハ実用ヲ失ウ」と述べて、筆法を基本とする画法を退け、「無筆跡」画を唱導している。曙山の命を受けた直武の江戸での絵画学習には宋紫石を通じた写生的な沈南蘋画風の強い影響も看取されるが、西洋画法を身につけることこそが主眼であったはずである。本図の輪郭線を回避する強い傾向と光の方向性を意識した表現は、筆法を重視した南蘋派とは一線を画するものであり、『画法綱領』が主張する画法を直武が忠実に実践していたことを証している。
 次に左右幅は、「不忍池図」の芍薬に匹敵する花鳥表現である。二幅の「花鳥図」は、ともにはるかに遠景をのぞむ水辺であり、右幅の「白梅に鵯図」は、白梅の古木と青木に二羽の鵯を、左幅の「海棠に小禽図」は海棠と八手に番らしい黒色の小禽を配している。これら花鳥画の陰影法は「唐太宗図」ほど顕著ではないが、秋田蘭画に特徴的な遠近表現がみられる。また、葉叢の緑色の部分のみに塗布されたものがあり、現在は変色している。確証はないが、前述の曙山著作の「丹青部」にアラビアゴムとある珍しい舶来のゴムが葉の艶を表現するために塗布された可能性も考えられる。
 このように、「唐太宗図」は現在知られる直武人物画中最も優れた出来映えを示し、花鳥画以上に西洋画法の実践が顕著であり、秋田蘭画独自の特質がよく表れている。「花鳥図」も「唐太宗図」同様、技巧的に優れている。本作品は伝統的に漢画様式で表現されてきた主題を西洋画法をもって表した秋田蘭画の特質をよく示す優品といえよう。
 なお、「唐太宗図」には画面左下に「直武画」の款記と白文方形「直武之印」印と朱文方形「子有」印がある。「白梅に鵯図」は画面右下隅に白文方形「直武之印」印、「海棠に小禽図」は画面左下隅に白文方形「直武之印」印を捺す。

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