武蔵国鶴見寺尾郷絵図 むさしのくにつるみてらおごうえず

その他の美術 / 南北朝 / 関東 

神奈川県
南北朝
1幅
神奈川県立金沢文庫 神奈川県横浜市金沢区金沢町142
重文指定年月日:20050609
国宝指定年月日:
登録年月日:
国宝・重要文化財(美術品)

 本図は、楮紙六紙を貼り継いで西を天にして、「寺」を中心として寺尾郷の台地を大きく描き、東側に鶴見郷、東海道、鶴見川、北側に吉成【よしおり】郷、南側に「子安【こやす】郷」「入江【いりえ】」などの周辺範囲内(旧橘樹郡内、現横浜市鶴見区域)に存する「小池堂」「子ノ神」などの建物、田地、景観などをも表現している。
 本図の作成目的は、朱線と墨線の二種類の線と「本堺堀」「新堺押領」という記載から堺相論に際して作成されたもので、作成主体は「寺」と想定できる。寺は正面三間で太い柱と縁つきの建物として描かれ、屋根は茶色で檜皮【ひわだ】葺を示している。台地の東側から入り込む谷の最奥部に立地していたことが知られ、寺谷【てらたに】の谷頭に現地比定することができる。また「本堺堀」線は、寺を中心にして溝・堀・谷と台地との線に引かれており、強調するために墨線の上に朱線を重ね書きしている。この台地と谷とを画する本堺堀の朱線が、本来の寺領の範囲を示す線である。「新堺押領」線は墨線を太めに書き、さらに道を示す橙色の線が引かれている。押領箇所と寺領各々に関する墨書は新堺押領線を対称軸として記されていることが知られる。押領者のうち、「寺尾地頭阿波國守護小笠原蔵人太郎入道」がおそらく中心人物で、『尊卑分脈【そんぴぶんみゃく】』から小笠原長義【ながよし】に比定されるものの、「師岡給主但馬次郎」「末吉領主三嶋東大□【(夫カ)】」の人物像は不詳である。
 観応元年(一三五〇)九月二十四日付の上杉憲顕【のりあき】が「正統庵塔主」に宛てた奉書【ほうしょ】によれば、当該時期まで寺尾郷をめぐ…

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