柳之御所・平泉遺跡群 やなぎのごしょ・ひらいずみいせきぐん

その他の画像全6枚中6枚表示

史跡 / 東北 

岩手県
西磐井郡平泉町、奥州市
指定年月日:19970305
管理団体名:奥州市(平18・8・8)
史跡名勝天然記念物

 岩手県南部の北上盆地南端に奥州藤原氏三代の根拠地として著名な平泉がある。藤原氏は平安時代末期に奥羽地方に権勢を誇り、その造営にかかる中尊寺、毛越寺、無量光寺などの遺構は特別史跡として保存され、往時の面影を伝えている。柳之御所遺跡はその東北部、北上川に面した台地上の柳之御所と称される地に所在し初代清衡、二代基衡の居館跡と言い伝えられてきた。建設省がこの遺跡を縦断する位置に平泉バイパスと一関遊水地堤防事業を計画したため、財団法人岩手県文化振興事業団と平泉町教育委員会は昭和六十三年から建設予定地内の発掘調査を実施した。その結果、平安時代末期の堀に囲まれた大規模な遺構などを発見し、これが藤原氏と密接に関連した重要な遺跡であることが判明した。そのため平成四年、五年には、遺跡の明確な時期や性格を把握することを目的に、県教育委員会と平泉町教育委員会が周辺の確認調査を実施した。
 遺跡は北西から南東に流れる北上川を北に臨む台地上に立地する。その南側は猫間が淵と呼ばれている沢地に画され、川にそって帯状の形状を呈し、その範囲は最大長七二五メートル、最大幅二一二メートル、面積的一〇ヘクタールに及ぶ。遺跡は遺構のあり方から見て東西に二分される。東半部はそれに隣接する堀の外側の地区である。東半部を区画する堀は幅約一〇メートル、深さ約二から五メートルの規模ほもち、一部二重に北上川に面した北側を除いて巡っており、東西三〇〇メートル、南北二〇〇メートルほどの空間を形成している。堀の内外を結ぶ橋は二か所で確認されている。一方の橋は南側に位置する秀衡の居館とされる加羅御所跡…

作品所在地の地図

関連リンク

柳之御所・平泉遺跡群チェックした作品をもとに関連する作品を探す

金鶏山
鳥海柵跡
中尊寺境内
御所野遺跡
赤坂遺跡
ページトップへ