神野御茶屋御家作一件扣 こうのおちゃやごかさくいっけんひかえ

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文書・書籍 / 江戸 / 佐賀県 

田代孫三郎
たしろまごさぶろう
弘化3年/1846年
紙本墨書 横帳
竪18.8cm 横13.4cm
1綴
佐賀県佐賀市松原2丁目5-22
公益財団法人鍋島報效会

神野御茶屋は、弘化3年(1846)に10代佐賀藩主鍋島直正が造営した別邸。長崎警備の備砲を鋳造するための築地反射炉の築造など、藩の土木普請事業に関わったことで知られる佐賀藩士田代孫三郎は、神野御茶屋造営でも御家作方のメンバーのひとりだった。本資料は、田代孫三郎が記した神野御茶屋造作に関する記録の手控えである。これによれば、造営に際しては神野周辺に限らず諸郷・町・津の百姓から労働力奉仕の申し出があり、普請従事者数は3月18日からの約1ヵ月で延べ8,000人近くにのぼり、堀や泉水、建屋基礎工事などが行われた。記録は4月24日で終わっているが、同月6日には松材を多布施川土井筋から早急に手配する通達があり、同月15日には松原神社の社人による地鎮祭が行われている。これ以後に建屋の造作が行われたようで、御茶屋(無限青山亭)の棟札には「弘化三丙午年 八月良日」の年記があり、直正年譜の神野御茶屋入り記事の初出は8月1日(「直正公御年譜地取」巻五)、『鍋島直正公傳』では「秋に至りて竣工したりき」とされている。

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