恒川遺跡群出土品 ごんがいせきぐんしゅつどひん

その他の画像全4枚中4枚表示

考古資料 / 奈良  平安 / 中部 

長野県
奈良・平安
墨書土器:「官」4点・「官」か1点・「厨」1点・「信」1点       
陶硯:圏足円面硯79点・円面硯2点・蹄脚円面硯1点・獣脚円面硯2点・転用硯4点              …
110点(墨書土器 7点・陶硯88点・瓦15点)
長野県飯田市上川路1004番地1
飯田市指定
指定年月日:20130809
飯田市
有形文化財(美術工芸品)

 恒川遺跡群は、東西約800m、南北約700mの範囲に広がり、新屋敷地籍・薬師垣外地籍・阿弥陀垣外地籍・恒川A地籍・恒川B地籍・白山地籍・池田地籍・田中倉垣外地籍に区分される。本遺跡群は、縄文時代から近世・近代に至るまで連綿と続いた集落跡であるが、奈良・平安時代においては、古代伊那郡の役所である伊那郡衙の所在地でもある。
 古代伊那郡衙については、昭和30(1955)年代に市村咸人氏が恒川遺跡群に所在するのではと指摘していた。昭和52(1977)年に、国道153号座光寺バイパス建設に先立つ恒川遺跡群の発掘調査が開始され、縄文時代から中・近世にかけての遺構・遺物が確認された。特に、奈良・平安時代については、掘立柱建物址群、和同開珎銀銭、多数の陶硯、緑釉陶器等の官衙的性格の強い遺構・遺物が出土して注目された。
 昭和57(1982)年から飯田市教育委員会は、恒川遺跡群の全容解明と伊那郡衙の発見に向けた範囲確認調査を開始し、現在まで32次にわたる調査を行ってきた。また、国道バイパス開通後は、店舗や個人住宅などの民間開発も急激に進み、それに係る緊急調査を実施している。こうした継続的な調査により、伊那郡衙の遺構を含む重要な遺跡であることが判明している。
 恒川遺跡群で伊那郡衙に関連する遺構は、薬師垣外地籍から新屋敷地籍に広がる正倉院と新屋敷地籍に所在する厨家(館)が調査されている。また、その周辺の新屋敷地籍・阿弥陀垣外地籍・恒川B地籍には郡衙関連遺構が確認されている。郡衙に関連する遺物には、土器に文字が記された墨書土器、文字使用を示す陶硯、伊那郡衙の建物の屋根に葺かれた瓦類等がある。

作品所在地の地図

関連リンク

恒川遺跡群出土品チェックした作品をもとに関連する作品を探す

恒川官衙遺跡
金田官衙遺跡
根岸官衙遺跡群
上野国新田郡家跡
斎宮跡
ページトップへ