血染懸軸(梅椿画)
チゾメノカケジク(ウメツバキガ)
概要
慶応三年十一月十五日、京都河原町蛸薬師下ルの醤油商近江屋の二階で坂本龍馬と中岡慎太郎は刺客の手に斃れた。 この掛け軸はその現場の床の間にかかっていたもので板倉槐堂の筆になる「梅椿図」である。軸の下方に数滴の血痕が残る。 本紙の上側には海援隊士長岡謙吉による文章が書かれている。昭和六年に札幌の坂本弥太郎氏が恩賜京都博物館に寄贈したもの。 井口家の伝承によればもと井口家に存在したもので、坂本家に引き継がれたという。昭和六年以前の話と推定される。 明治三十九年の「坂本・中岡両士四十年祭」において翠紅館で展示された記録がある(絵葉書も残る)。 龍馬関連資料として古くからよく知られていたもの。