坂本龍馬関係書状 慶応三年六月二十四日 乙女、おやべあて サカモトリョウマカンケイショジョウ ケイオウサンネンロクガツニジュウヨッカ オトメ、オヤベアテ

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歴史資料 

縦:16cm 横:504.4cm
1通
重要文化財

京都三条通り河原町の酢屋から出した手紙。姪春猪の婿養子清次郎の不甲斐なさを嘆く内容や、上士後藤象次郎と組んで活動する事に対しての姉乙女からの批判に関しての自分の考えを述べる部分、姉乙女が土佐を出て上京したいという訴えに対してそれを諫める内容などからなる。写真上段の手紙。 (追記)全長五m余もある現存最長の手紙。慶応三年六月、龍馬は海援隊士や土佐藩の後藤象二郎らとともに長崎から夕顔丸に乗って久しぶりに京都にやってきた。目的は土佐藩と薩摩藩の提携交渉に立ちあい薩摩藩に大政奉還策を了承させるためである。この手紙を書いたのは三条通りを一筋下った木屋町の材木商酢屋であった。龍馬は忙しいにもかかわらず早朝からこの長い手紙を書いたのだ。  内容は春猪の婿清次郎の脱藩への苦情、大坂土佐屋敷の小役人の尊大な態度にあきれたこと、それに比べれば清次郎はまだましなほうだということ、姉乙女からの龍馬への批判的な手紙に対する返答、姉の家出希望に対するやんわりとした拒絶、ピストルをくれという姉の希望の拒絶、妻おりょうの日常生活(政治には口出しさせてません)など多彩である。追伸には春猪への苦言や兄の飲酒への心配などが連ねられている。姉弟間の関係が伺われる読み応えのある一通。後藤象二郎に関する記載も興味深い。ただしこの時期に京都で進められていた大政奉還策などの政治的な記載はない。特徴的な橙色の紙を用いている。(2016年 坂本龍馬展図録 宮川)

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