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法華経(藍紙)

ほけきょう

概要

法華経(藍紙)

ほけきょう

その他 / 平安 / 近畿

平安

7巻

重文指定年月日:19960627
国宝指定年月日:
登録年月日:

千手寺

国宝・重要文化財(美術品)

 平安時代後期、漉返しの藍紙に書写された法華経である。藍紙に銀泥入淡墨界(界巾一・八)を施して料紙に用い、一紙二八行、一行一七字に、和様の端正な文字で書写される。巻第四を欠き、巻第一の巻首と巻第二・第六の巻末を欠失する点は惜しまれるが、本文は、各巻とも一筆で、全文にわたって白点・朱点・墨点が稠密に施され、紙背にも朱、墨注記が多く加えられている。奥書によれば、本経は保安二年(一一二二)覚澄の所持本として、僧秀覚らの助力により、同じく藍紙本の法華経(重要文化財 立本寺)をもって移点が行われたことが判明する。
 本経は、体裁および書風等からみて、保安二年をさかのぼるに程遠くない院政期初期に八巻本として書写されたものと考えられる。移点の底本となった立本寺本は、十一世紀中ころの書写本で、その訓点は、寛治元年(一〇八七)より承徳三年(一〇九九)にかけて興福寺僧経朝が加点したもので、『法華経』の古訓点資料として知られているが、開結共十巻のうち、巻第二・第六と開経の三巻および巻第八の前半を欠している。これに対し、千手寺本は、立本寺本の巻第二、六、八などの欠を補うもので、とくに立本寺本の喜多院点等をそのままに写し取った点は国語学上にも注目される。奥書中の覚澄・秀覚についてはつまびらかではないが、永治元年(一一四一)十月二十九日付の東大寺牒案に名を連ねる人物に該当すると考えられ、本書が南都において移点された事実を伝えている。
 ところで、本文料紙の藍紙には明瞭に墨の痕跡が認められ、これが故人の書状等に藍染めの繊維を加えて漉返した料紙を用いた供養経であることを明らかにしている。このように千手寺本は、『法華経』の貴重な訓点資料であり、漉返しの藍紙を用いた現存希な供養経遺品としても珍しい。

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キーワード

書写 / / 本文 / 奥書

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