八雲御抄
やくもみしょう
概要
『八雲御抄』は、順徳【じゅんとく】天皇(一一九七~一二四二)が従来の歌学書を編集・集大成した六巻からなる歌学書である。書名は、「夫和歌者起自八雲出雲之古風」に始まる序文に「名曰八雲抄」と自ら記している。
内容は、第一正義、第二作法、第三枝葉、第四言語、第五名所、第六用意、の六義からなる。特に用意部は詠作の心得や歌人論などを記したもので、文中に「まことによくよくいうけんをむねとしてよむべきことなり」とあり、天皇の歌論として注目される。
伝本は、草稿本と精撰本の二系統がたてられている。草稿本は承久の乱以前になり、精撰本は乱後、佐渡に流されてからも加筆訂正し、藤原定家に送られたものをいう。
本書は精撰本系統で、前田育徳会尊経閣文庫旧蔵本の伝伏見天皇宸筆本と称されるものである。
本書以外の古写本には、重要美術品に『紙本墨書八雲御抄巻第三、四、五、六(内巻第五補写)』四帖、『紙本墨書八雲抄巻第二』一帖、『紙本墨書八雲抄巻第一残巻』一帖、『紙本墨書八雲抄第六、乾元二年尊憲書写ノ奥書アリ』一帖の四件あるが、いずれも欠本で完本はない。
本書の体裁は、綴葉装冊子本で六帖からなる。いずれも白茶地二重蔓牡丹唐草文金襴後補表紙を装し、「八雲御抄第『幾』」の題簽【だいせん】が付けられている。楮紙打紙に礬水引した料紙を用い、本文は半葉およそ九行、一行一八字前後に謹直な筆致で書写している。その筆跡は巻第一から巻第三と巻第四から巻第六までの二筆からなる。各帖帖首には標目があり、第一帖目は序文と六義等、第二帖目は作法で歌合、歌會、書様等、第三帖目は枝葉部で天象、時節、地儀等、第四帖目は言語部で世俗語、由緒語、料簡語、第五帖目は名所部で山、嶺、嵩等、第六帖目は用意部である。第五帖目に朱書にて頭書風の注記が付されているのが注目される。
書写者は伝伏見天皇宸筆の確証がないものの、同時代の能書の手になるもので、書写年代は、暢達な書風等よりみて鎌倉時代中期ころと認められる。
本書の伝来は、巻第四を除く各帖巻末にある擦り消し痕に、「粟殿浄順之」と判読できる墨書があり、おそらく伝領者名と思われるが詳らかでない。前田綱紀(松雲公)の時代に前田家の所有に帰したものとみえ、同時代の蒔絵師五十嵐家の制作になる秋野蒔絵箱に収められて伝来した。
本書は、天皇の歌学書として、和歌史・歌論史研究上に重要な著述で、その鎌倉時代中期ころまで遡れる現存最古写本で、六帖揃いの貴重なものである。なお、本書の伝来を示す蒔絵箱も附とした。