木造女神坐像(伝木花咲耶姫)/木造男神坐像(伝鷹飼及犬飼) もくぞうじょしんざぞう(でんこのはなさくやひめ)/もくぞうだんしんざぞう(でんたかがいおよびいぬかい)

彫刻 / 鎌倉 / 中部 

鎌倉/1315
1躯/2躯
重文指定年月日:20050609
国宝指定年月日:
登録年月日:
浅間神社
国宝・重要文化財(美術品)

 富士山北麓の吉田口登山道に位置する忍野村の浅間神社に祀られる三躯の神像である。髪を垂髪にして女房装束を著した女神像に、髷を結って小袖と思われる衣の上に道服を著した男神像を左右に配する。
 構造は、各像とも頭躰幹部を檜と思われる針葉樹の一材より彫出し、両袖部、両足部等を矧付け、白下地のうえ彩色を施す。三躯とも木口が変形の台形材を用いているので三体を同木から彫出した可能性もある。
 その像容は、俗人的な風貌が従来の神像とはやや異質であるが、三躯とも切れ長の目尻がやや上がり、かすかに微笑する口元の跳ね上がる表現などは中世の神事面や能面の特徴に通じ、神像としての異相をよく表しているともいえる。初期神像によくある仏教との習合神や唐風の宮廷官人風の形姿ではなく、当時の貴族の女性や俗人の風俗を借りた和風装束の形姿をなす。こうした服装の神像は建長三年(一二五一)製作の奈良県吉野水分神社の木造玉依姫命坐像(国宝)とともに鎌倉時代以降の新様を示すといえる。
 各像底には、「正和四年十月廿三日」「佛師丹後國住人石見房静存」「別当東圓寺」などほぼ同文の銘文が記されており、正和四年(一三一五)十月に仏師静存【しょうそん】によって製作されたことがわかる。仏師静存については知られていないが、銘文に記される東円寺は当社の近隣に現在もあり、本像製作の五年後の文保四年(ただし文保は三年まで。元応二年〈一三二〇〉か)に同じ静存により造られた聖観音像が伝来している。丹後国住人というところから地方を巡る仏師とも考えられ、そのような造像の実態を考える上に貴重な資料となる。
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