西王母図

絵画  東洋画(日本画を除く) / 日本 

月僊 (1741-1809)
げっせん
1770(明和7)年
絹本着色
73.9×30.1
軸装

 岩に寄りかかった中国風俗の女性の手に、桃がひとつ。モチーフの組み合わせから、この絵の主題が、中国の仙女西王母であることがわかる。西王母が手に持つのは三千年の齢を保つといわれる仙桃。不老長寿のめでたい画題としてしばしば描かれる主題である。
 作者の月僊は、浄土宗の僧侶で、名古屋の出身。江戸の増上寺で修業するかたわら雪舟派の画家桜井雪館に絵を学び、京都の知恩院に移ってからは、円山応挙に師事して、その高弟に至った。月僊は、30歳を過ぎて、寂照寺の住持として伊勢に赴いた。
 月僊は、はじめ゛月仙″と称していたが、その後"月僊"と改め、さらに"月●"と変えた。これは、彼の作品の編年を行うときに目安となる。
 「西王母図」は、月僊自身の年紀から明和7年(1770年)描かれたといいうことがわかる。月僊がかぞえ年30歳の年に描いた、ということになる。まだ、京都知恩院にいたころである。おそらく、制作年の明確な作品としては、岡崎の昌光律寺の寒山図とならんで、もっとも若い月僊の作品である。
 瓜実顔に、つり上がった細い目、離れたふたつの細い眉、小さく結ぶ口。この小作りな表情の女性は、もちろん、現実にいるわけではなく、ある種の曲型的美人を描いたものである。
 中国には人物画のひとつのジャンルとして、宮廷に仕える女性を主題とする美人画の伝統がある。仕女図と呼ばれるこのジャンルから、清代にはいると「清朝美人画」と総称される、特徴のある美人画が生まれた。月僊の描く西王母の顔貌は、この清朝美人図のそれと非常に似ている。
 月僊の人物画には、他に黄檗宗関係の仏画との関係を示す作品があるが、当時、もっともトレンディな美術として人気のあった中国明清の絵画を、月僊も見過ごすことがなかったのである。(山口泰弘)

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