紙本著色良慶上人像 しほんちゃくしょくりょうけいしょうにんぞう

日本画 / 江戸 / 九州 

福岡県
江戸
浄喜寺第三世住職良慶の姿を大きく描く。良慶は、装いは僧形であるが眼光鋭く大きな目で左方を睨み、小山のような体で片膝を立てて坐し、かたわらには大太刀が配されている。その様…
画面法量 縦127.8㎝、横105.5㎝
一幅
福岡県行橋市大字1802
行橋市指定
指定年月日:20180704
有形文化財(美術工芸品)

浄喜寺第三世住職良慶は開山たる慶善の孫で、武勇にすぐれ、織田信長と石山本願寺との間で起きた石山合戦をはじめとする諸戦において、のちに本願寺第十二世に就任する教如のそばにあって大いに活躍したことが知られる。教如は父である第十一世顕如が信長と講和した後も抗戦の態度をくずさなかった。豊臣秀吉の命で弟の准如に第十二世を譲って隠居させられたが、屈せずに布教を続け、やがて徳川家康の全面的な支援を受けて新たに東本願寺をおこした人物である。良慶が教如に従ったことから浄喜寺は東本願寺の直末寺となり、九州における浄土真宗展開の重要拠点として、豊前国一帯に大きな影響を及ぼすことになった。また良慶は慶長5年(1600)関ヶ原の戦いの賞で豊前国に入国した大名、細川忠興の帰依を受け、忠興の居城移動に従って小倉や中津、八代(熊本県)等に寺地を賜り、寺を開いている。最晩年と考えられる寛永15年(1638)には大坂の陣で焼亡した難宗寺(守口西御坊、大阪府)を再興している。

作品所在地の地図

関連リンク

  • 地方指定文化財データベース

紙本著色良慶上人像チェックした作品をもとに関連する作品を探す

絹本著色親鸞聖人像 附 裏書
教如像
絹本著色親鸞聖人絵伝
満願寺の欅
木造六観音立像
ページトップへ