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自在龍置物

じざいりゅうおきもの

作品概要

自在龍置物

じざいりゅうおきもの

金工 / 江戸

明珍宗察作

江戸時代・正徳3年(1713)

鉄鍛造

1個

 堂々とした姿をほこる、この龍をごらんください。体をしなやかにひねり、首をもたげて前方を見すえています。踏ん張った4本の足と鋭い爪に、力強さがみなぎります。角やひげ、ウロコなど、細かい部分もリアルです。まるで、今にも動き出しそうではありませんか?この龍、ただリアルなだけでなく、自由自在に体の部分を動かして、さまざまなポーズをとらせることができるんです。ではなぜ体を動かすことができるのでしょうか?体は、細かいパーツの組み合わせからなっています。パーツ同士の接合部分が少し動くように、ゆるく組み上げることで、全体になめらかな動きをさせることができるというわけです。 それぞれのパーツは、鉄の板を熱してたたくことを繰り返し、形を整える技法で作られます。それは根気と時間、そして高度な技術を必要とする作業です。
 龍ののどには、銘文が刻まれており、明珍宗察(みょうちんむねあきら)が、江戸時代の正徳(しょうとく)3年、1713年31才の時、現在の東京・神田(かんだ)で制作したことがわかります。この明珍宗察という人物は、甲冑(かっちゅう)を専門に制作する工人であったことがわかっています。「明珍」は、古くから代々続いた甲冑工人の家系です。
 日本の甲冑の素材には、鉄が多く使用されました。鉄を熱してたたき、形を作る技術が、この龍にはぞんぶんに活かされています。
 日本では、17世紀に徳川幕府が戦乱の世を治めて政権を運営するようになると、18世紀には社会や経済が安定し、戦(いくさ)のない平和な時代がおとずれました。甲冑を作る工人たちは、各地の大名のもとで、引き続き甲冑を制作していましたが、それは実用を離れた装飾性の強いものとなりました。そうした中で、工人たちは、大名などの有力者から依頼を受けて、こうしたリアルで、体を自在に動かせる動物を制作するようになったと考えられます。龍のほかには、ヘビ、エビ、カニ、コイ、カマキリなどが知られており、甲冑の工人一族である「明珍」姓の作者の名が記された作品もあります。これらの中には、書を記すさいの紙押さえの文鎮とした例もありますが、主には「置物」つまり実用を離れた鑑賞物であったようです。時には現代の私たちが、キャラクターのフィギュアをもてあそぶように、動かして楽しんだのかもしれません。

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キーワード

甲冑 / / / 珍い

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