嵐峡泛舟図
ランキョウハンシュウズ
概要
「嵐峡」とは、京都・嵐山の保津峡のこと。民国十七年(昭和三年・一九二八)の暮れに、当時新進気鋭の画家・張大千が「和田」なる人物と保津川下りを楽しんだ。題詩で張は「美人」が同乗していないと嘆いたが、来洛の目的は古画鑑賞。あるいは「和田」とは、京博の前身・恩賜京都博物館の館長・和田不二男だったのかもしれない。
ランキョウハンシュウズ
「嵐峡」とは、京都・嵐山の保津峡のこと。民国十七年(昭和三年・一九二八)の暮れに、当時新進気鋭の画家・張大千が「和田」なる人物と保津川下りを楽しんだ。題詩で張は「美人」が同乗していないと嘆いたが、来洛の目的は古画鑑賞。あるいは「和田」とは、京博の前身・恩賜京都博物館の館長・和田不二男だったのかもしれない。
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