戒厳状態
概要
29
戒厳状態
State of Martial Law
1957年
油彩・麻布
91.0×116.0cm
左上に署名:S. Ishii
麻生三郎、河原温の場合とおなじように、石井茂雄もまた戦後の日本の閉塞した状況を濃厚に漂よわせる絵を描いた。まだ芸術家たちが、政治的なもの、前衛的なものに鋭敏に反応し、なおかつ芸術的にも質の高い作品を生みだしえたころのことである。《戒厳状態》のシリーズの中には、諷刺性を強調するあまり、特にカリカチュアに堕しているとおもえるものもあるが、この作品のように、不気昧な迫力をひめたものもある。「日常的な世界の中にある非日常的な世界を対象として選択し、それに自分の内部の世界を対決させた」というのは画家自身の言葉だが、それはなによりもまず、ありふれた情景への異物の出現によって可能になるのだ。浮遊しつつ、空中に充満する無数の球体は少しずつ地面に落ちてくるかのようで、どことなく爆弾をおもわせる。殺風景なビルの谷間の、ことさらに急激に後退していく線遠近法的空間においては、距離ばかりが強調され、不安感はつのるばかりだ。