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秋山好古・真之兄弟が幼少期に学んだ漢籍

あきやまよしふる・さねゆききょうだいがようしょうきにまなんだかんせき

概要

秋山好古・真之兄弟が幼少期に学んだ漢籍

あきやまよしふる・さねゆききょうだいがようしょうきにまなんだかんせき

文書・書籍 / 明治

和装本

詩経:26㎝×18.4㎝/小学:25.6㎝×18.2㎝

2冊

愛媛県松山市上野町甲650

愛媛県生涯学習センター(愛媛人物博物館)所蔵

愛媛県生涯学習センター

秋山好古は、「我が国騎兵の父」と称された旧日本陸軍の軍人で、日露戦争では、世界最強といわれたコサック騎兵を相手に奮戦し、奉天会戦などで勝利に導いた。
また、秋山真之は、日露戦争の際には連合艦隊作戦参謀として参戦した旧日本海軍の軍人である。我が国の命運を決定する日本海海戦では、「天気晴朗なれども浪高し」の名文を打電し、意表をつく敵前逐次回頭(丁字戦法)により勝利に導いた。俳人の正岡子規は、旧制松山中学校時代の同級生である。
本資料は、秋山兄弟が幼少期に学んだ漢籍の一つで『詩経』の裏表紙には、鹿太郎(秋山家長男)・淳五郎(真之の幼名、秋山家五男)の名が、『小学』の裏表紙には、信三郎(好古の幼名、秋山家三男)・善四郎(秋山家四男)の名が書き込まれている。秋山兄弟の父・久敬は漢学に長じ、文才に秀いで、県の学務係や小学校教師などを務めた。また、母・貞は自ら男子には四書五経の素読を教えたといわれている。

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