大和路俳句 やまとじはいく

 

山口花笠 (1878~1944)
やまぐちかりつ
富山県高岡市
明治~昭和中期
紙本・マクリ・墨書
縦 139.4cm×横 34.9cm[半切]
1
富山県高岡市古城1-5
高岡市蔵(高岡市立博物館保管)

本資料は、西砺波郡福田村和田(現・高岡市和田)の俳人・山口花笠筆「大和路俳句」である。
 墨で大きく「朝はれし雨の/匂ひや花くもり」と書かれ、画面右下に「大和路にて/花笠」という落款があり、その下に印章(朱文円印[花笠])が捺されている。
「花くもり」は晩春(4月)の季語で、桜が花開く時期の雲を表す言葉であることから、おそらく春先の崩れやすくはっきりしない不安定な天候の様子を詠んだ俳句ではないかと思われる。
 なお、表装はされておらず、マクリの状態である。また、所々にシミ、破れ、経年によるヤケがあるものの、資料状態は概ね良好である。

【山口花笠(やまぐちかりゅう)】
 1878・12・3~1944・2・17(明治11~昭和19)俳人。砺波郡福田村和田(現高岡市)に生まれる。本名林造。吟風凋(「洞」の誤記。江沼半夏『筏井竹の門覚書』135~136頁)とも号する。高岡育英小学校卒。年若いころから句作。1895年(明治28)ごろから同郷の句友寺野竹湍らと語らい,雑貨商のかたわら『日本新聞』の俳句欄に投稿,正岡子規の選を受ける。97年6月,河東碧梧桐(かわひがしへきごとう)の来県を機に,寺野守水老・同竹湍らと語らい,翌7月に〈越友会〉を発足させる。子規没後は碧梧桐に付いたが,やがて碧梧桐の新傾向と合わず,大谷句仏(東本願寺23世)の〈懸葵〉に加わり活躍,本県俳壇にその名を高める。25年(大正14)〈越友会〉代表筏井(いかだい)竹の門の死去に伴い,その席を継いだ。のち『辛夷(こぶし)』に所属。この間『守水老遺稿』を編む(1928)。享年65歳。没後,句集『花笠句抄』(1944)が出版された。句碑〈雪解の北に流るる大河かな〉が高岡古城公園に建つ。〈黒田晩穂〉
HP『電子版 富山大百科事典』(2017年8月22日アクセス)

※花笠の読み方は、江沼前掲書136頁によると、「普通に読めば「かりゅう」であり、俳句の
人名事典などにもそう読んである。しかし、地元では今でも「かりつ」でないと通りが悪い」
とあるので、当館でも「かりつ」とする。

※参考資料
・『筏井竹の門覚書』(江沼半夏著、折柳草舎、1990年)135-142頁
・『ふるさとの誇り 高岡古城公園』(藤澤正美編著、1988年)59頁
・HP「清月俳句歳時記 野田ゆたか編」(2017年9月5日アクセス)

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