報恩経
ほうおんきょう
概要
奈良時代・8世紀に書写された「報恩経」です。
あるとき、インドのバラモンと呼ばれる身分の高い僧が、釈迦が出家したことは、親を苦しめ、その恩を忘れた行ないであると非難しました。これに対してこの経は、釈迦はすべての人びとを救済するために出家したのだから、それこそが父母の恩に報いうる「報恩行」であること、また釈迦が前世においてどれだけ親孝行を尽くしたかを説いています。
この経の特徴は、なによりとても細かい字で書かれていることです。経は通常、1行17文字、1段で書き写すものですが、この経は1行34文字、さらに上下2段に書き写しています。このような形式を、細かい字の経と書いて「細字経」と呼びます。「細字経」の例は、古くは中国の唐時代までさかのぼります。本来は、八巻や十巻になる長い経を細かい字で書き写すことによって、一巻あるいは二巻に仕立てて、携帯の便宜をはかるためにつくられたのがその始まりといわれています。この「報恩経」も、もとは全7巻の経ですが、現在展示されている1巻に巻第三から巻第七までが収められています。
また、本文をよく見ると、白色の胡粉で「大臣」に「ヲトト」(おとど)のように読みや送り仮名などを書き込んだ箇所があります。経の勉強をした人が丁寧に書き込んだものでしょう。これによって、当時の読み方を知ることができます。
筆者は奈良~平安時代前期に活躍した医者で字の達人としても知られた朝野魚養(あさののなかい)と伝えられていますが、確かではありません。