釉里紅折枝四季花卉紋石榴尊(洪武官窯)
ゆうりこうせっししきかきもんせきりゅうそん
概要
「釉裏紅」
元時代には顔料にコバルトを用いた青花のほか、銅を用いて赤く発色させた釉裏紅(ゆうりこう)も作られました。しかし、銅は気化する温度が低く、窯の中の温度が高くなり過ぎればすぐに蒸発してしまいますし、逆に低すぎれば、黒っぽくなってしまいます。また、焼成中に供給する酸素量も大変重要で、酸素を与えない還元焼成なら「赤色」に、酸素を与える酸化焼成なら「緑色」に発色します。銅を顔料に用い、焼き物を綺麗な紅色に発色させる事は大変困難な事で、元時代の釉裏紅はややくすんだ赤に発色したものが多い。西アジアとの交流が栄えた元の時代、青色に発色する「コバルト」が安価で大量に持ち込まれ「青花磁器」が盛隆を極めます。しかし、元王朝の滅亡と共に良質のコバルトの流通量が減り、仕方なくどす黒い発色の「国産コバルト」が使われました。その汚い発色に満足できなかった明初期洪武帝官窯において、試行錯誤の末に紅色の綺麗な焼き物が誕生しました。
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名古屋東洋官窯陶磁美術館