クォ・ヴァディス

油彩画 

北脇昇 (1901-1951)
キタワキ、ノボル
昭和24年/1949
油彩・キャンバス・額・1面
91.0×117.0
右下に署名、年記
9回美術文化協会展 東京都美術館 1949

20
クォ・ヴァディス
Quo Vadis
1949年
油彩・麻布
91.0×117.0cm
右下に署名、年記:乃 49
1949年第9回美術文展
「クォ・ヴァディス(Domine,)quo vadis ?」とはラテン話で「(主よ)いずこへ行き給うぞ」の意昧で、死に赴く前の主キリストに対する聖ペテロの質問や、皇帝ネロの迫害下、ローマを逃れようとしたペテロの前にキリストが現われた際のペテロの質問として有名である。また、この言葉が広く一般に知られるようになったのは1905年にノーベル賞を受賞したポーランドの作家シェンキェヴィチ作の同題の小説(1895年刊)による。北脇の作品題名がこれらのキリスト教徒の受難や侵略下のポーランドの苦悩に源があるかどうかは定かではないが、画家の自画像と考えうる、戦後日本の岐路に立つ後ろ姿の男のテーマの意図はこの命名に明らかにされていよう。近景と遠景の極端な対比の構図の中に、前景に大きく後ろ姿の男が岐路に立つという寓意性の強い作品である。北脇のシュルレアリストとしての要素は少なく、わずかに前景左の巻貝かかたつむりの殻が見られるのみであるが、これとても旧来の殻を出る新たな一歩という寓意にも取れる。岐路は二方向を示す道標により示され、左手には赤旗を掲げデモの隊列を組む一群の人々、右手には嵐にみまわれる不吉な風景が望まれる。男は一冊の本をかかえ袋を肩に、左の左翼勢力の連帯の方へ歩む様子である、、北脇の戦争に関するテーマの作品としては傷疾軍人を描いた同年の《抛物線》があるが、この作品では戦争の惨禍や虚脱感といった様子はなく、戦後の新しい出発という状況に対する楽観的な寓意画に思われる。戦後の画家たちの様々な出発と苦難を考える時、大変興昧深い作品である。北脇のシュルレアリストとしての出発以後の探求は、自然科学、哲学、宗教や易などさまざまな領域の諸観念を画面の外枠として導入し、それらを図解することに向けられた。表現自体はごく平板な写実描写と幾何学的図形・図式との折衷に終始したが、ともかくもなんらかの知識体系によるイメージの総合を志向した点で、彼は、拝情的心象風景へと収束しがちな日本のシュルレアリスム絵画史の中で独自な地位を占めている。

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