書状 徳順老宛  十一月八日 「先刻預御状」 しょじょう とくじゅんろうあて じゅういちがつようか せんこくあずけおんじょう

安土・桃山 / 日本 

古田 織部 (1543-1615)
ふるた おりべ
日本
安土桃山時代/16世紀末から17世紀初め
紙本墨書
33.0×53.2㎝
1
広島県廿日市市大野亀ヶ岡701
海の見える杜美術館

 織部正・左介・重然と称した大名茶人。信長・秀吉に仕え、文禄・慶長の役に出陣、慶長の役には渡海した。関ヶ原の役には東軍に属したが、大坂夏の陣には豊臣方に内応の疑いから自刃した。利休の高弟で将軍秀忠や諸大名に茶湯を指導した利休七哲の一人。武家大名の茶湯の工夫から利休の作為を進めて、織部焼など斬新な茶陶意匠を創始した。返事の書状で鯉や鮭の贈り物のお礼、口切茶事のため御病気見舞いしなかった詫びとともに、鬱陶しい初冬の砌、一服茶を差し上げたいと親密な茶湯の交友関係が見える。宛名の徳順老は、上林徳順。慶長十一年(一六〇六)父のあとを継いで宇治代官・茶頭取となり宇治茶師を統括した。また、妻は利休の孫にあたる。
(『名筆へのいざない―深遠なる書の世界―』海の見える杜美術館2012 解説より)

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