桃に鹿図・巌浪双鶴図 ももにしかず・がんろうそうかくず

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日本画 / 江戸 

広渡湖秀筆 (1766-1820)
ひろわたりこしゅう
江戸時代/18世紀後期~19世紀前期
紙本著色
(各)111.2×47.0cm
2幅
落款:「巖斐」

印章:「廣渡儀印」(白文方印)「巖斐」 (白文方印)

来歴:1985神戸市立博物館

参考文献:
・國立故宮博物院特別展『交融之美 神戸市立博物館精品展』図録 2019
・石沢俊「文献資料と落款・印章から考える広渡湖秀」(『神戸市立博物館研究紀要』第29号) 2013
・神戸市立博物館特別展『コレクションの精華』図録 2008
・原田博二「唐絵目利広渡家と二人の広渡湖秀」(長崎歴史文化博物館『長崎大万華鏡 近世日蘭交流の華』展図録 2005)
・神戸市立博物館特別展『花と鳥たちのパラダイス』図録 1993

江戸時代後期には、広渡湖秀と称した画家が二人いたことがわかっています。一人は長崎で唐絵目利(輸入画の鑑定・評価を行う職)として活動した湖秀(1737-84、「初代湖秀」)。もう一人は初代湖秀を継いだ後、長崎から京都、江戸へ移居しながら活動した湖秀(1766-1820、「二代湖秀」)です。二人が血縁関係にあったのかなど、不明な点も多く、謎に秘められています。

 本作品は落款の特徴から、二代湖秀の作と考えられます。二代湖秀は巌斐と号し、南蘋風花鳥画を手がけたのみでなく、山水画、人物画、水墨花木図など同時代の文人画家と通ずる作品も多く描きました。東京・西應寺には二代湖秀の墓碑が現存しており、上部には市河米庵(1779-1858)の書による「巌斐道人墓記」の題、下部には大窪詩仏(1767-1837)の書による二代湖秀の生涯記があります。江戸在住の文人を地域別にまとめた「江戸方角分」(文政元年(1818)写、国立国会図書館蔵)に拠ると、二代湖秀は本郷二丁目に住して、画家として知られていました。

 本作品は波濤の湧く水面の岩上にたたずむ鹿と鶴を描いた対幅です。左幅では一匹の鹿がこちらにお尻を向けて、右方へと振り返っています。鹿の上方には桃樹があり、たわわとした実がなっています。曲線を連ねて反り返る桃の葉のかたちと共鳴するかのように、空中には一羽の蝙蝠が翼を広げるさまが墨面で表現されています。一方、右幅を見てみると、こちらも波打ち際の岩には丹頂鶴のつがいがたたずんでおり、手前の一羽はこちらへ正面観を見せ、奥の一羽は左方へと視線を注いでいます。岩に咲く淡いピンクの庚申薔薇は、没骨描で表されています。両幅とも背景は部分的に薄墨を刷く。沸き立つ水しぶきを胡粉を吹き散らしで表現しています。「福禄寿」を象徴する蝙蝠(「偏福」と音通)・鹿(「禄」と音通)・桃(長寿を象徴する果実)、「長春花」とも称される庚申薔薇、つがいの丹頂鶴など、きわめて吉祥性に富む作品であるが、鑑賞者にお尻を向けて飄々とした鹿や、正面観でとぼけた表情を見せる鶴など、どこか微笑ましい作品となっています。

【長崎ゆかりの近世絵画】

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