海棠牡丹寿帯鳥図 かいどうぼたんじゅたいちょうず

佚山筆
いつざんひつ
安永3年(1774)
絹本著色
110.0×40.4cm
1幅
自題・落款「寿帯双棲春色裏/海棠争艶映牡丹/七十三翁常足道人画併篆題」
印章:「黙隠頭陀」(白文方印)「佚山亦号常足」(朱文方印)「鶉居而鷇食」(遊印、朱文長方印)

佚山(1702-78)は大坂出身の曹洞宗の僧であり、書画篆刻に優れた人物です。寛延3年(1748)47歳で西遊の旅へ出ると、同年秋には念願だった長崎へ到り、同地で3年を過ごしました。長崎滞留中には来舶清人・沈草亭や書家・高君秉、千丈実巌らと交友を深める一方で、熊斐から沈南蘋の画法を習得したと伝えられます。宝暦4年(1754)に帰京すると、熊斐から学んだ南蘋風花鳥画や、水墨画を数多く手がけ、画家として活躍しました。京坂における南蘋風の流行を考える上で、鶴亭とともに重要な人物です。
満開の牡丹、綬帯鳥、太湖石という組み合わせは鶴亭の「牡丹綬帯鳥図」を想起させます。佚山はさらに綬帯鳥をつがいとした上で、海棠も描いており、「棠」と「堂」の音通で、「牡丹綬帯鳥図」以上に一家の繁栄の永続への願いが強く表されています。画面左上には、佚山得意の篆書による題があり、その詩意は画意と対応しています。佚山73歳の春に描かれた、彼の著色花鳥画の代表的作品。

【名品2019】【長崎ゆかりの近世絵画】

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