阿弥陀聖衆来迎図 あみだしょうじゅらいごうず

絵画 / 鎌倉 

鎌倉時代・14世紀
絹本着色
129.3x158.4
1幅

 日本の仏教には、人が亡くなる時には阿弥陀如来(あみだにょらい)が西にある極楽浄土から迎えにくる、という考え方があります。日本の古い絵画作品の場合、画面向かって左を西とする空間構成が基本で、この作品も、向かって左手から、阿弥陀如来の一行が降りてきています。阿弥陀如来から放たれた光の筋は民家の軒先まで伸び、そこに念仏を唱えながら迎えを待つ人物の姿が見えます。阿弥陀如来の周りには、太鼓や琵琶(びわ)、笛など、さまざまな楽器を演奏する菩薩がさながら音楽隊のように描かれています。バチを振りあげたり、足でリズムをとったり、どんな音楽を奏でているのでしょうか。一行を先導するのは、幡(ばん)とよばれる旗のようなものを高く掲げた童子です。列から少し前に離れたところには、観音菩薩が死者の霊をのせる蓮台(れんだい)を持ち、勢至(せいし)菩薩が合掌をする姿で描かれています。
 阿弥陀如来、極楽浄土への信仰は奈良時代からありました。当初は、中国ではやっていた、阿弥陀如来が極楽浄土で法を説いている様子を描く形式が主で、阿弥陀如来が菩薩たちを従えて迎えに来る来迎図(らいごうず)は、平安時代中期ごろから広まります。そして平安時代末から鎌倉時代になると、この絵のように日常の風景や自然、そして迎えを待つ人物も一緒に描かれるようになります。これは、仏教の信仰が広く普及し、日常の中に溶け込んでいったことの一つの表れです。背景の山々には桜が咲き、画面左下には紅葉らしきものもあり、一画面に季節の巡りが凝縮されているのかもしれません。家屋は細部まで写実的で、人物の顔も、一人ひとり個性がある現実的な顔立ちに描かれます。架空の人物ではなく、この絵を発注した人物、あるいは関係のある人物を描いたのかもしれません。
 この絵は、大阪府の水無瀬家(みなせけ)の代々のお墓がある阿弥陀院に伝わりました。水無瀬家は、後鳥羽上皇をまつった水無瀬神宮を創建当初から守ってきた家系です。この作品と一緒に、当館所蔵の「諸尊集会図」(しょそんしゅうえず・A-11974-1)が伝わっています。この2つをセットでかけて、特定の個人に向けた法要に使われたのかもしれませんが、詳しいことはわかっていません。

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