書状 中山忠能宛 慶応四年閏四月廿八日 しょじょう なかやまただやすあて けいおうよねんうるうしがつにじゅうはちにち

江戸 / 日本 

中山慶子 (1836-1907)
なかやま よしこ
日本
江戸時代末期/1868年
紙本木版多色刷墨書
19.3×393.9㎝
1
広島県廿日市市大野亀ヶ岡10701
海の見える杜美術館

 明治天皇の生母。宛先の中山忠能は父であり新政府の議定職首席でもある。
 この頃は国家の浮沈をかけた大改革のさなかであり、父、子、公家衆を案じる気持ちと、目まぐるしく変わる周辺の様子に戸惑う様が三・五メートルを超える長き手紙に現れている。掲載外の箇所には、(天皇は)無邪気張りばかり強くなられ、ついには天下に悪名を残すようなことになりはしないか・・・、公家さえも色々な服装で勤務されている・・・これまで通り正装でお勤めになるよう御取りはからい願い入れます・・・、(下級の役人は)皆免職となったよし・・・どうぞどうぞ人の困るような取り計らいはなされぬよう願います・・・。などの内容が記されている。
 なお、書状が出されたおよそ四ヶ月後の九月八日に明治に改元される。
(『名筆へのいざない―深遠なる書の世界―』海の見える杜美術館2012 解説より)

作品所在地の地図

関連リンク

書状 中山忠能宛 慶応四年閏四月廿八日チェックした作品をもとに関連する作品を探す

御書状 三条実美宛 明治四年六月十一日
御書状 三条実美宛 明治四年六月十一日

静寛院宮(和宮 親子内親王) 

御書状 橋本少将宛 慶応四年正月二十日
御書状 橋本少将宛 慶応四年正月二十日

静寛院宮(和宮 親子内親王) 

書状  冨左正宛  九 十五日  「来十七日」
書状  紹二老宛  九月二日  「俄之儀候」
御書状  曼殊院覚恕宛  「如仰昨日は」
ページトップへ